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いじめに孤独感…私の留学失敗談|留学に意味やメリットがあるとは限らない

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グローバル化のこの時代、何らかの形で海外を目指す人も多くなっています。事実、海外生活(留学・ワーホリetc)を扱っているブログもたくさんあります。それらには海外でのキラキラした輝かしい生活が綴られているので、憧れを抱く方も多いのではないでしょうか?

 

しかし!実際の海外生活は必ずしもキラキラしたものばかりではありません。言語・文化・生活習慣の違いから生じる苦しみ、つらさ、悲しさ、悔しさ・・・そのようなマイナス要素もつきものです。これらを乗り越えて海外生活を満喫できる方は多いと思いますが、限界がきて失意のうちに帰国するという方もいるのではないでしょうか。

 

私はまさにそうでした。これから綴る記事は私の留学失敗談です。海外生活をドロップアウトしてしまった方、してしまいそうな方に読んで頂いて少しでも参考になれば嬉しいです。

 

 

語学留学は必ずしもキラキラ輝いているものばかりではありません。そして、一人一人のメンタルの強さ・環境も違います。その苦しさに耐えられずにドロップアウトする方もいるでしょう。私はまさにドロップアウトして期限よりも早く帰国した者です。以下、私の留学失敗談を記載します。

留学を決めた理由と準備

留学をする一年前に、イギリス旅行に行きました。当時ブリティッシュコメディにはまっていた私は、イギリスだけにはどうしても旅行したいと考えておりました。初海外ということで5日間の短い添乗員付きのツアー(ロンドン周辺のみ)を申し込み渡英、いわゆる聖地巡りを果たしました。

 

帰国後は「いつかイギリスの他の地方(ウェールズ、スコットランドなど)にも行きたいな」とだけ漠然と考えておりました。この時はまだ旅行だけで十分だと思っていたのですが、次第に考えが変わり「一度は海外に住んでみたい」と思うようになりました。そこで思いついたのが語学留学です。(※ワーキングホリデーには規定の年齢を超えてしまっていたため申し込めませんでした)

 

この時の私は前の仕事を退職し次の道を模索中でした。金銭は8年ほど働いていたためそこそこ蓄えがあります。自分の年齢(30代前半)、それに加えて両親もまだ健在であったためチャンスは今しかないと思い留学を決意しました。(両親がある程度高齢になってくると介護の問題が発生し、自由に使える時間も少なくなるため)

 

そこで私は初めての留学ということで、専門の留学エージェントを介して準備を進めることにしました。行き先はもちろんイギリスを考えていました。資料を請求して眺めていたところ、イギリスの隣に不思議な国があるのを知りました。それが、アイルランド。

 

名前だけは知っていますがイギリスに比べるとどういう国かいまいちわかりません。ただ、イギリスよりも素朴でケルト文化やケルトと融合した独自のキリスト教文化が色濃く残っているというところに惹かれました。文学もノーベル賞受賞者を3人輩出しており(イェーツ、ショー、ベケット)、彼らだけではなくユニークな作家が非常に多いのを知りました。(ワイルド、ジョイス、スウィフトetc)

 

費用的にもイギリスより安価で、資料には私好みの小規模運営の語学学校もあります。エージェントとも相談した末、私は留学先をアイルランドに決めました。期間は短すぎず長すぎず、ということで3ヶ月。季節は秋にしました。

 

夏だと学生さんがたくさん来て、入学やホームステイ先の確保が困難になるそうです。申し込んだのは2月だったので半年ほど自分で英語の勉強に打ち込みました。利用したのは主にオンライン英会話です。

いざ留学。行き先はアイルランド

早いもので半年はあっという間に過ぎていきました。行く前の準備からして何もかもが初めてです。服や下着、生活道具はどれぐらいいるのか、これは日本で揃えた方がいいのか、ホストファミリーへのお土産は何がいいのか・・・ここから既に留学は始まっています。

 

事前準備を完了していよいよ出発日です。いくらバックにエージェントがいるとはいえ基本一人で行動しなければなりません。片時も不安は離れません。特に成田から国際線を利用してからが本番でした。空港での手続きでさえ留学の勉強の一環なのです。

 

一年前のイギリス旅行は羽田から直行便が出ていましたが、今回の行き先はアイルランドの首都ダブリン。直行便は出ておらず香港で乗り換えです。ちょうど時期的に香港で大きな政治的問題が発生していたため無事に飛行機が出るのかさえも不安でした。

 

当日空港は機能していたものの文字標記がわかりません(泣)香港は漢字圏とはいえ、日本のものとは形が違います。航空会社も海外系列のものを利用したため言葉も思うように通じません。その時はたまたま日本人の方(日本語がわかる香港の方かもしれませんが)に会えたので、その人に教えてもらいながら無事ダブリンへの乗り継ぎ便にたどり着けました。

 

ダブリン行きの便はさすがに日本人が少なくて周りは外国人ばかり。まだまだ不安は尽きません。10時間ほど機内で過ごした後、ダブリンに到着。次はドキドキの入国審査です。ここで入国できずにとんぼ返りになったらどうしよう・・・入国審査を通過するまで気が抜けません。

 

ネットで得た情報を参考に、パスポートと一緒にあらかじめ帰りのEチケット控えと語学学校の入学許可書一式(←ここ重要)を用意して全て審査官に渡しました。

 

するとほとんど何も聞かれずすんなりと通してくれました。私の場合は3ヶ月未満の滞在だったためかスムーズにいったようです。アイルランドは3ヶ月未満の滞在ならば観光ビザが適用できるので学生・就労ビザは必要ありません。

 

審査を終えた後、空港内のロビーで学校のスタッフが待っていてくれ、車でホストファミリーの住宅まで乗せていってくれました。学校は月曜日から始まるので土曜日のうちにホームステイ先に着くようにエージェントに手配してもらいました。

最初は楽しかった留学生活

ホームステイ先で二日の休日を過ごした後、いよいよ月曜から登校です。ホームステイ先には同じ学校に通っている生徒(イタリア人)がいたので、拙い英語で聞きながら一緒に学校まで案内してもらいました。

 

ホームステイ先は郊外、学校は市の中心部にあるのでバスを使っても45分かかります。特に月・火は渋滞が発生してそれ以上に時間がかかったり、そもそもバスに乗れなかったりします。初日はクラス分けのための筆記・面接テストがあります。その日のうちに結果が出て決まったクラスに振り分けられました。

 

私が行ったのはもちろん一番下の初級コースです(苦笑)緊張しながらクラスに入ると10人ほどの生徒と1人の先生で構成された和気藹々とした空間がそこにありました。生徒には日本人も3人ほどいたので安心感がありました。

 

語学学校なので授業は会話が中心です。国籍の違う生徒たちと勇気を出して英語で話しました。最初の頃は学校が楽しくて仕方なかったです。日本での授業とは比べ物にならないほど、私は英語を楽しんでいました。ホストファミリーとも拙いながらも会話をし、少しずつ彼らのこともわかってきました。

 

学校では課外授業も催しています。それに参加して北アイルランドの観光名所に行ったりもしました。もちろん言語が全く異なるための苦労もありました。

 

※ダブリンでは交通機関を利用するのにお得な『リープカード』というものがあります。語学学校の学生ならば、学生専用のカードを作ってもらうことが出来るので更にお得なのです。日本でなら簡単に済ませられるちょっとした手続きであっても言語や文化の違う異国の地では各段に難しくなるもの。

 

それでも半ば泣き泣き必死になって乗り越えました。こんなにも『日常生活を送ること』そのものに体当たりになったことは今までありませんでした。こうして苦労が多いながらも楽しい日々は1週間、2週間と過ぎていきました・・・が、少しずつそのような日常にも変化が出てきます。

日に日に大きくなる孤独感、そして帰国決意

この学校では月曜日に新入生が入る形式で、大体毎週新しい生徒が入学してきます。それと並行して期限を終えた生徒は帰国していきます。当初は多かった日本人生徒も3人が去り、私を含めて2人になりました。日本語の通じる同国人が近くにいない不安は想像以上に大きかったです。

 

授業は前述のとおり会話、すなわちペアワーク・グループワークが中心です。日本にいる時から内気な私は日に日に負担を感じるようになっていきました。クラスには優しくて気さくな人達もたくさんいます。しかし、ある日・・・いつものグループワークの時、隣の生徒2人から無視されたのです。

 

先生は私を含めた3人でやるように指示を出したのですが、他の2人は彼女たちだけで作業を始めて私を入れてくれませんでした。ここは海外です。とにかく自分から話さなければ始まりません。けれども、そのことがショックだった私に積極的に入っていく勇気はありませんでした。

 

その2人とは過去のグループワークでは何度か話しました。欧米と南米の女の子達でとにかく話すのが大好き、おそらく好き嫌いもはっきりしているのでしょう。授業を重ねるうちに私の内気加減に嫌気がさしたのかもしれません。そこから私のメンタルは一気にガクッと落ち、授業を休むようになっていったのです。

 

しかし、ホームステイ先で引きこもりになることはありませんでした。私の留学の目的は語学以上に現地の名所や歴史建造物・遺跡に触れたいというところにあったからです。授業を休んで自分ひとりでダブリンを探索しては楽しんでいました。一人行動が大好きなので、自由に自分の時間を使って好きなところに行くというのは何物にも代えがたい貴重な体験でした。

 

このまま残りの2か月もこうやって過ごしたい・・・そう思っていましたが、ここでもう一つ問題が出てきました。ホストファミリーのことです。帰宅するともちろん学校のことを話したりします。適当に嘘をつくのが苦痛になり、思い切ってファミリーにも打ち明けました。「学校には行きたくない。でも、ダブリンの歴史にもっと触れたい。自分にはもう時間が残されていない。帰国したら次の仕事を見つけなければならないから」ということを自分なりの拙い英語で話しました。

 

ホストファザーは理解したくれたのですが、ホストマザーには怒られてしまいました。「学校には行き続けなければならない」ときつめの口調で怒られてしまったのです。このホームステイは学校が厳しい審査で選んだもの、なのでホストファミリーにはそう言う責任があるので当然といえば当然です。ですが、ここにきて私の張り詰めていた糸がぷっつり切れてしまいました。

 

「もうダメだ・・・これ以上言葉の通じない異国の地で頑張ることはできない・・・」、自分の部屋に戻った後にとにかく泣きました。いい年して情けないのはわかりきっていますが、実家の両親にも泣く泣くメールをして聞いてもらいました。もしホストマザーが「そういう風に時間を使うのならそれでいいよ。語学だけが勉強じゃないから」と言ってくれたら、私はきっと三か月アイルランドにいたと思います。

 

自分の性格上友達を簡単に作ることも出来ず、知り合いもいない異国の地。完全に独りぼっちになってしまいました。言語の通じないゆえの深い深い孤独感に襲われて耐えられなくなりました。この鬱々とした感情はここで初めて湧いてきたものではなく、日々の孤独や不安が積もりに積もって最後に爆発してしまったものです。

 

一度溢れ出てしまうともう止められません。翌日すぐ留学エージェントに連絡し、退学・帰国の手続きをお願いしました。エージェントからは別のクラスも勧められたのですが、その時の私には気力がもう残っていませんでした。

 

またクラスで怖い生徒がいたら?無視されたら?一度だけ試してダメだったらいよいよ辞めればいい・・・そういう風に考えることすらできませんでした。とにかく日本に、生まれ育った言葉の通じる母国に帰りたかった。こうして当初三か月を予定していた留学は一ヶ月で終わりとなりました。

まとめ

滞在中もスマホを使って日本語で書かれた留学・ワーホリブログを見ていました。自分と同じ悩みを抱えている人達の文章を見て参考にしたかったからです。

 

しかし、多くの人は友達がたくさんできたり、それぞれのやり方で乗り越えて留学生活を終えています。つらく苦しいことも多かったけれど最後には「友達がたくさんできた!海外生活は楽しかった!」で締めくくられているのです。

 

私の留学生活はそうなれませんでした。もちろん短い現地の生活の中で得たものも多いです。楽しいことがなかったわけではありません。しかし友達を作ることはできませんでしたし、決して「楽しかった」で締めくくれる留学でもありませんでした。

 

短期間と言えども海外で暮らすというのは想像以上に困難でつらく苦しいものです。私は三か月の予定でしたが一ヶ月が限度でした。なので、これから語学留学を目指す方は最初は一ヶ月ほどに設定して、自分がもっとやっていけそうであれば延長するという方法もあるのだとお伝えしたいです。

 

そして、本当につらくて仕方がない場合は帰国するという道もあります。海外では日本にいる時以上に「自分で考え抜いて決める」ということが求められますので。