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国鉄三大ミステリー事件の中で最も謎が残る「下山事件」の真相|労働組合との対立のはざまに見えたものとは

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下山事件という事件をお聞きになった事があるでしょうか?

 

戦後に発生した未解決事件は色々ありますが、下山事件もその中の1つです。しかし、例えば帝銀事件では真犯人こそ特定されていませんが、明らかにGHQの関与が有り、おおよその事件の全体像が色々な資料から明らかになって来ています。

 

しかし、下山事件だけは未だに全く何も分からない、という状況なのです。

 

これまでに沢山の人達がこの事件の謎を解こうと調査をしましたが、未だに決定打は出ていません。そこで今回は、そんな諸説入り乱れている下山事件をあらためて検証してみたいと思います。

 

 

それでは、見て行きましょう。

 

戦後最大のミステリー事件「下山事件」とは?

太平洋戦争が終わって4年目の初夏の日の深夜、国鉄常磐線北千住駅 - 綾瀬駅間で貨物列車に引かれた轢断死体(れきだんしたい)が発見されました。この轢断死体の人物こそが、当時の国鉄(現在のJR)総裁である下山定則氏であった。

 

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※1949年:遺体で発見された下山定則:画像引用元はコチラ

 

下山総裁は、その日の朝9時から重要な会議があったにもかかわらず、会社に姿を見せずにいた。家に問い合わせてみたら時間通りに迎えの車に乗って出かけたとの事でした。

 

そこで車の運転手に聞いて見た所、総裁から三越で買い物があるから寄ってくれと言われ日本橋の三越に向かったが、まだ開店前だったので次の指示で千代田銀行(現在の三菱UFJ銀行)に向かい、それから三越に引き返したとの事だった。

 

運転手は三越に入っていった総裁が戻るのを待っていたが、一向に戻って来ず、午前中一杯まで待って、昼に会社に引き返したという。下山総裁は車を乗り捨てる事がよく有り、運転手は「またか」と思ったそうです。

 

つまり、三越店内に入った下山総裁は、そこでぷっつりと消息が途絶えたという事になる。そして深夜になり下山は轢断死体として発見されたのです。

 

捜査の結果、三越店内に入ってから轢断死体となって発見されるまでの間、いくつかの目撃証言が出てきました。以下に目撃証言の中でも特に重要視されている物を示します。

 

三越店員Aさんはじめ数人の証言

「下山総裁らしき人物を見た。一人ではなく数人の男達と一緒だった。私は下山総裁の顔は知らない。

 身なりが非常に立派で、えらい人だと思った。後から発表された背格好、服装はその時に見た人と同じだった」

 

轢断現場の近くを通った人

「立派な身なりをした人物が草むらの中に立って草を指先で触っていた。後でニュースで聞いた背格好、服装から下山総裁ではないかと思う。その草むらには何も無く、何をしているのだろうと思った」

 

轢断現場近くにある末広旅館の女将

「午後2時頃に立派な紳士が一人でやってきて、少し寝かせてくれ、というので部屋を貸した。途中で誰かが訪ねて来る事はなかった。その紳士は午後5時過ぎに、お勘定を払い出て行った。後でニュースを聞き背格好、服装から下山総裁ではないかと思った」

自殺論と他殺論の対立

今日まで下山総裁の死は自殺なのか他殺なのかが、全く分からず謎となっています。専門家の間でも東大法医学部は他殺説、慶応大学法医学部は自殺説と真っ向から対立しました。

 

では自殺説と他殺説、それぞれの主張を並べてみましょう。

自殺説の論拠

当時の国鉄は復員軍人を大量に復社させたために、膨大な人数の従業員がおりましたが、GHQから大量の人員整理を命じられていました。しかし膨大な数の従業員はクビにされてしまったら生活の拠り所を失うので組合を作り人員整理案に対し猛烈な抵抗をしていました。

 

下山総裁はGHQと組合の板ばさみになり、相当に苦しんでおり運輸次官に何度も「もう辞めたい」とこぼしていたそうです。要人との面会時に用件には触れず「嘆願や脅迫が自宅に来る」と涙ぐんだり、奇行とも取れる行動は強力なストレスを受けていた事を感じさせます。

 

家でも奥さんに愚痴をこぼしており、死体発見の報を聞いた奥さんは直感的に、自殺だと思った、との事です。

実は下山総裁は、以前に土地買収の件で現地付近を何度も訪れており、土地勘もありました。また各種の目撃情報は正確に下山氏の特徴を捉えている、と具体的な内容を挙げています。

他殺説の論拠

死体の切断面、傷跡には「生活反応」(出血したという反応)が無かったそうです。つまり轢かれた時には既に死んでいたという事です。また睾丸部に打撲跡があり、誰かに蹴り上げられたような痕跡が残っており、死体に残された血液が非常に少なく死因は失血死ではないと推測させています。

 

つまり誰かに暴行を受けた後に血を抜かれて殺された、という事です。

 

また、現場からはネクタイ、眼鏡等が発見されていません。足は轢断されていないのに靴は完全に轢断されていた、というのも不自然だと指摘されました。

 

また下山氏の衣服にはヌカ油が大量に付着しており、微量の色素も検出されました。これらは、国鉄では使用していない物だという。この事から、ヌカ油と微量の色素がある場所で殺され、轢断現場に運ばれた可能性を示している、とも考えられているのです。

 

また末広旅館にいた3時間、ヘビースモーカーである下山氏が煙草を一本も吸った形跡が無いのもおかしい、と思われました。つまり現場近くで目撃された下山氏とされる人物は意図的に用意された替え玉であるという主張です。

 

当時、下山総裁の下で副総裁を務めていた加賀山氏は、その他にも色々な根拠を挙げ、この替え玉説を支持しています。確かに下山総裁の容貌は全く世間一般の人には、知られていないのですから目撃証言は全て推測に過ぎない、とも言えるのです。

 

他殺説に対する反論

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※画像引用元はコチラ

 

生活反応が無いのは、事故当夜に激しい雨が降っていたためで、雨に晒された部分に生活反応が無いのは自然である、という主張があります。実際、当時、現場に行った警察官の一人は「鉄路上の死体はまるで溺死体のようであった」と言っています。

 

雨に晒されない内部には生活反応が出た部位も有る、と複数の鑑定人が述べてもいます。つまり全く生活反応が無かったという訳ではないのです。

 

死体に残された血液が少ない、との指摘については東大側の司法鑑定人である桑島直樹氏の「血を抜いたような傷は皮膚表面のどこにもなく、肺臓には血液が多かった」という鑑定結果を意図的に無視していると主張しています。

 

またネクタイ、眼鏡が現場で見つからなかったのは列車に巻き込まれた可能性を挙げています。他の事例では、列車に轢かれた人の衣服や持ち物が遥か遠くの場所まで列車に巻き込まれたまま運ばれた、という例が有るのです。

 

ただ、ヌカ油、微量の色素、足は完全なのに靴だけ轢断されていた原因については全く反論が出ていません。

警察の対応と最終結論

専門家の間でも自殺か他殺か、で意見が真っ二つに分かれてしまい、警察内部でも意見が分かれました。全体的な論調としては、

 

自殺説は下山氏の心理状態と目撃情報から判断しており、他殺説は物証から判断している事が分かりますが、他殺説が主張する物証には、上記に述べたような反論も多数あるのです。しかし、靴の問題など反論しきれていない物証があるのも事実です。

 

つまり、決定打が無いのです。

 

生活反応の有無についても、例えば「生きているけれど瀕死の状態で気を失っている下山氏」を線路上に放置し、ちょうど良く豪雨が血を洗い流してくれれば「一部には生活反応が有り、一部には無い」という状況を作れるかもしれないのです。

 

決定的な証拠が無い限り判断は出来ない。これが警察の最終判断でした。つまり迷宮入り、という事です。

 

捜査本部は徐々に縮小され、解散される事になりました。そして内部資料である「下山国鉄総裁事件捜査報告」と言うものが雑誌、文芸春秋と改造に提供され発表されました。※そこでは自殺説を支持する内容となっています。

 

そもそも警察が民間雑誌に資料を提供し発表させる、という事、それ自体が異例の事なのですがそこには警察の苦悩と困惑が滲み出ているように感じます。

 

日本最大ミステリー事件と言われる所以

ちなみに、今回は下山事件だけを取り上げましたが、実は下山事件は国鉄関連の事件の一部に過ぎません。国鉄関連の事件は大きく分けて三つ存在するのです。それが、「日本最大ミステリー事件」と言われる所以です。

 

全貌をご覧になられる場合はコチラの記事:『日本最大のミステリー事件|国鉄事件の真実』をご覧ください。

 

最後に

以上の内容はこれまでにも発表され論じられてきた内容です。

 

私自身は自殺説、他殺説、それぞれの主張に「何か見落としがある」と思えてならないのです。他殺説は桑島鑑定人の意見を完全に無視しているという点が納得できません。

 

事故当時、真っ先に現場に行き検死をした八十島信之助監察医が「数々の轢死体を検死したが睾丸の打撲はよくある事だし、あの豪雨では血が流されても当然」と現場の状況を知る経験者でなければ語れない事実が、ほとんど考慮されていないのも納得できないのです。

 

一方、自殺説については下山氏を最もよく知る人である加賀山副総裁の「あの実直な下山さんが遺書を残さずに自殺するはずがない」また当時の国鉄職員の中には「国鉄マンが鉄道で自殺するはずがない。それは国鉄マンの矜持だ」という意見が多数あったそうです。

 

これを具体的に言うと鉄道で人を轢くと現場検証に時間がかかり、ダイヤを大きく乱れさせ運行管理者に大変な迷惑をかけます。また現場処理にあたる義務は運転手に有るので、運転手にも大きな迷惑をかけます。

 

「子供の頃は汽車の下山、とまで言われた鉄道好きで生粋の国鉄マン」である下山さんがそんな事をするはずが無い、という意見で私にはこれが真実の声に思えてならないのです。

 

末広旅館で3時間の間、煙草を一本も吸わなかったという事実もスモーカーである私には納得できません。下山総裁の上着には未開封と開封済のピースが一箱ずつ残されていたのです。

 

そして不思議に思う事があります。この事案では死後轢断=他殺と決め付けていますが、本当にそうでしょうか?

 

ひっくり返すと他殺=死後轢断ですが「逆は必ずしも真ならず」です。生前轢断でも他殺である事は十分に有り得るのではないか、というのが私の意見です。つまり「死後轢断」か「生前轢断」かの議論は無駄だったのかもしれません。