丸ノ秘ネタ

世の中にあるマル秘ネタをご紹介致します。

丸ノ秘ネタ

MENU

都市伝説は時代背景の影響をうける!?やはり都市伝説は作り話なのか?

スポンサーリンク

f:id:ak6ark:20200310151859j:plain

 

現在では様々な都市伝説が存在するが、何故このような都市伝説が生まれるのかご存知ですか?実は、都市伝説が生まれるきっかけを調べると、当時の時代背景と大きく関わりがある事がわかります。

 

今回は、都市伝説の先駆けとなった「首なしライダー」や「ターボ婆」などの定番から、都市伝説がどのように生まれたのかを探ってみましょう。

 

 

それでは見て行きましょう。

 

都市伝説「首なしライダー」には元ネタがある

f:id:ak6ark:20081012173303j:plain

※画像引用元:映画「マッドマックス」より

 

実は、都市伝説「首なしライダー」は映画が元になっています。最初に首なしライダーが登場したのは、1979年の映画「マッドストーン」の作中です。※厳密に言うと、 道路に仕掛けたピアノ線でライダーの首を刎ね飛ばすシーン。

 

その後、テレビゲームやドラマなどにも似たような描写や、「首なしライダー」という人物が登場してきます。こういった事が首なしライダーをメジャー化させる要因となっていきました。

なぜ都市伝説「首なしライダー」が生まれたか?

さて、では何故この首なしライダーが現実世界に存在すると言われ始めたのか?これには諸説ありますが、最も有力な説は、「企業戦略の一部」というものです。実は1990年代には、一般的なヘルメットとは別に、首を保護することができるヘルメットという物が販売されていました。ただ、この首が保護できるヘルメット、まったく売り上げにつながらなかったと言います。さらに、当時は若者の間でノーヘルが流行っていたため、そもそもヘルメットの売り上げが落ち込んでいた。

 

そこで企業が考え出したのが、この首なしライダーの都市伝説であったというのです。

 

また、他に有力なものとしては、「暴走族の抑止」という説もあります。90年代は暴走族の最盛期とも言える状況であったため、それを減らすために作り上げられた都市伝説であるとも言われているのです。

 

ちなみに、1986年代に公開されていた映画「処刑ライダー」という地獄からよみがえったヒーローの映画が当時は流行していたこともあり、当初首なしライダーはヒーローとして生まれたともされています。

都市伝説「ターボ婆」と「首なしライダー」の共通点

ターボ婆は、兵庫県の六甲山で流行した都市伝説です。この都市伝説を簡単に説明すると、「走り屋の方が六甲山を走っているとすごい速さでお婆さんに追い抜かれる。お婆さんに追い抜かれると死亡する」という都市伝説です。

 

ターボ婆は、車やバイクなどの乗り物を追いかけてくる妖怪とされています。ターボ婆はレースや暴走をしている事が遭遇する条件となっているため、首なしライダー同様、やはり取り締まりの一部、暴走行為を抑止するためだったとされています。

 

都市伝説は土地柄に影響をうける

ちなみに、なぜターボ婆が「おばあさん」でなければならないのかについてですが、こちらのターボ婆、実は生まれたのは兵庫であると言われています。兵庫県という地方は女性の妖怪が特に多く、ターボ婆の他にも、砂かけ婆、隠れ婆、お菊さん、刑部姫などの女性の妖怪が多いのです。

 

逆に爺とか男性の妖怪というのが極端に少ないエリアですので、お爺さんより、お婆さんの方がより恐怖を植え付ける事ができたのでしょう。

やはり都市伝説は作り話なのか?

これらの事からもわかる通り、やはり都市伝説が生まれる場合は何か事情があることが多いです。例えば有名なメリーさんですが、実はあれもモデルとなった洋館があります。※メリーさんは、「あたしメリーさん、今あなたの後ろにいるの」で有名な幽霊的な都市伝説。

 

メリーさんは神戸に存在する洋館がモデルとなっていると言われています。ただ何故、メリーさんが近づいてくるのかというお話ですが、これ実は全て創作されたものです。

 

当時この洋館には羊のはく製が飾られていて、その羊が「メリーさん」だったのです。それを誰が勘違いしたのか、メリーさんは人形であると広がり、捨てると追いかけてくるという内容が創作されました。実際にはこの館はただの異人館で来客をもてなすための館だったそうです。

まとめ

このように都市伝説は生まれるに際して理由があります。

 

首なしライダーは、当時アンチヒーローのような存在が流行していたこともあり生まれたものです。ターボ婆も同様で六甲山で走り屋の方が騒音を出していてそれを大っぴらに取り締まらないため住民が作り出した都市伝説であるというのが結論であろうとされています。もしかすると、世の中の都市伝説と呼ばれるものには、やはり何か「理由」があるのかもしれません。